うつ病で教員を辞めた私がWebライターで    Fireを目指す実践ブログ|書籍化進行中!

うつ病で休職中に「次の一手」を準備していた話|元教員の3年間でやったこと

うつ病で休職中に「次の一手」を準備していた話|元教員の3年間でやったこと

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こんにちは!
クロヒョウ先生@Webライターです。

3年間の休職生活の後半、私が布団の中で少しずつ書き溜めていた、1冊のノート。

そこには「フリーランスのWebライターになるためのロードマップ」という文字が、稚拙な字で書かれていました。

(このまま休んでいるだけでは、休職期間が満了したときに、また同じ場所に戻ることになる…)

そう感じ始めたのが、休職2年目の後半あたりでした。

今回は、うつ病で3年間休職した元教員の私が、その3年間で「次の一手」をどのように準備していたのかを書いていきます。

休職前半は、準備どころではなかった

私の場合は、休職前半は、準備どころではありませんでした。

医療保護入院を経て、退院後の療養がスタートしましたが、退院してからしばらくは、夕方までほぼ寝たきりの状態が続きました。

トイレや風呂に行くことすら大変で、食事も満足にとれず、夜になんとか散歩に出るのが精一杯。

(人生、終わったな…)

本気でそう思いながら、布団の中で天井を見つめる日々でした。

このような状態のときに、「次の一手を準備しなさい」と誰かに言われても、動けるはずがありません。

精神科医の解説でも、療養の初期は「休むこと」だけに集中することが何より大事だとよく言われますが、私の経験でもまさにその通りでした。

まずは、寝る、食べる、少しだけ動く。それ以外のことは、一切考えない。

休職に入った直後から、いきなり「次の仕事」を考え始めなくて大丈夫です。焦って動き出しても、体調が悪化するだけで、結局は遠回りになります。

休職期間の全体像や給与の変化については、教員はうつ病になったら休職できる?仕組みや手続きの方法は?にも書いていますので、参考にしていただければ幸いです。

休職中期に、少しずつ「勉強」から始めた

活動できる時間が少しずつ増えてきた休職中期。

私の場合は、いきなり具体的な行動に移すのではなく、まずは「勉強」から始めました。

そのきっかけは、たまたま行った本屋で手に取った、リベ大の両学長の書籍「お金の大学」でした。

(自分は、お金についての知識が、恥ずかしいくらい何もなかったな…)

15年間、教員として勤務してきたにも関わらず、お金の知識はほぼゼロ。給与明細を眺めるだけで、税金や社会保険料の仕組みも、投資のことも、何も知らないまま過ごしてきました。

書籍を読み、両学長の動画を毎日少しずつ見る中で、家計簿をつけ始め、固定費の見直しに取り組み、新NISAでのインデックス投資を始めました。

これらの取り組み自体が、実は「次の一手」への準備になっていました。

家計を自分の手で見える化できるようになったこと。お金の流れを理解できるようになったこと。この2つは、後にフリーランスとして動き出したときに、想像以上に大きな支えとなりました。

なお、うつ病の影響で、元気に活動できる時間が少ないうちに、無理して勉強を進める必要はありません。私の場合も、体調と相談しながら、1日15分程度の勉強から始めました。

休職後期に、フリーランスへの準備を1つずつ

朝の不調以外は、ほぼ通常通り動けるようになってきた休職後期。

このタイミングで、私は「フリーランスのWebライターになるためのロードマップ」を、少しずつ作り始めました。

体調が安定してきたとはいえ、対人恐怖はまだ強く残っており、外を歩けない状態も続いていました。

(また同じように、たくさんの人と毎日関わる仕事に戻るのは、もう無理だな…)

そう感じた中で、在宅で完結できる働き方として、フリーランスのWebライターという選択肢に辿り着きました。

私が休職後期にコツコツと準備していたのは、以下のようなことでした。

– このブログの開設と、記事の書き溜め
– フリーランス業務用のマニュアル・テンプレートの作成
– 確定申告や帳簿の仕組みの勉強
– 業務環境の構築(クラウドサービスやオンライン会議ツールの導入)
– リベシティへの入会

(これ、本当に意味あるのかな…)

そう思いながら取り組んでいた1つ1つが、退職後、実際に案件を受けるようになってから、確かな土台として機能してくれました。

特に大きかったのは、このブログの存在です。3年間の休職期間中に書き溜めていた記事が、実績ゼロだった私のポートフォリオとしての役割を果たしてくれ、初案件の獲得につながりました。

初案件を取るまでの苦戦の話は、うつ病退職後にWebライターで初案件を取れた?元教員がクラウドソーシングで苦戦した話に書いていますので、よろしければ参考にしてください。

「準備をしていた」というより「日課に組み込んでいた」

こう書くと、休職後期の私が、毎日ストイックに準備を進めていたように見えるかもしれません。

しかし、実態はまったく違いました。

私の場合、日課の柱は、家事育児・ポイ活・お金の勉強・フリーランス関連業務・運動療法の5つ。

そこに、精神科への定期通院を組み合わせながら、体調を最優先に生活を組み立てていました。

(今日は調子が悪いから、ブログはお休みしよう…)
(今日は少しだけ文章が書けそうだから、30分だけパソコンを開こう…)

そのように、日々の体調と相談しながら、無理のない範囲で、少しずつ進めていく。

亀の進度でしたが、休職後期の1年程度、準備タスクを積み重ねた結果、退職の時点では、フリーランスとして動き出すための最低限の準備が、ほぼ整った状態になっていました。

(休んでいるだけじゃない。でも、無理もしていない。そんな進み方でも、結果はちゃんとついてくるんだな…)

しみじみそう感じたのを、今でもよく覚えています。

「次の一手」を準備することが、療養にもプラスに働いた

意外だったのは、次の一手を準備することそのものが、療養にもプラスに働いた、ということです。

休職前半は、(このまま人生が終わるのかもしれない…)という絶望感で、心が塞ぎ込んでいました。

しかし、休職後期に、少しずつ「次の自分」の形が見えてくると、心の中に、確かな希望の光が灯り始めました。

(この先、教員という職業に戻らなくても、自分の人生を組み立て直していけるかもしれない…)

そう思えるようになったことで、療養そのものへの向き合い方も変わっていきました。

焦って復職を目指すのではなく、体調を整えながら、新しい自分の輪郭を、少しずつ描いていく。

この心の状態が、結果として、療養の質を大きく高めてくれたと感じています。

まとめ

うつ病で3年間休職した元教員の私が、その3年間で「次の一手」をどのように準備していたか、について書きました。

私の場合は、

– 休職前半は、療養と睡眠と食事だけに集中
– 休職中期に、お金の勉強と家計の見直しから始めた
– 休職後期に、フリーランスへの準備をコツコツと日課に組み込んだ

という流れになりました。

大切なのは、「休職期間の全てで準備をする」ことではなく、「体調に合わせて、無理のない範囲で、少しずつ準備を進めていく」ことだと感じています。

うつ病は、決して終わりではありません。

私がそうであったように、新しい人生の始まりです。

小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くたった1つの道。

コツコツと、一歩一歩、やっていきましょう。

それでは、今回も最後まで記事を読んでくださり、ありがとうございました!

クロヒョウ先生@Webライターでした!


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