こんにちは!
クロヒョウ先生@Webライターです。
3年間の休職を経て教員を退職した私が、フリーランスのWebライターとして最初に向き合ったのは、クラウドソーシングサイトでの「初案件獲得」という大きな壁でした。
提案を送っても、送っても、返事は来ない。
(自分には、Webライターは向いていないんじゃないか…)
と、何度も心が折れそうになった日々を、今でもよく覚えています。
今回は、うつ病で退職した元教員の私が、クラウドワークスやランサーズに登録してから、初めての案件を獲得するまでに苦戦した話を、実体験を元に書いていきます。
退職後、なぜ私は「Webライター」を選んだのか
私の場合は、3年間の休職期間中に、フリーランスのWebライターになるためのロードマップを、少しずつ作り続けていました。
うつ病を罹患してから、対人面での自信を完全に失っており、
(また同じように、たくさんの人と毎日関わる仕事に戻るのは、もう無理だな…)
というのが、正直なところでした。
一般就労のクローズ・オープン、障害者雇用、フリーランス。
転職の選択肢を一つひとつ天秤にかけた末に、私が選んだのは、「フリーランスのWebライター」でした。
理由は、シンプルです。
– 在宅で完結できる
– 自分のペースで、時間を組み立てられる
– 主夫業と両立しやすい
– 体調を崩さず、家事・育児に穴を開けない前提で働ける
(これなら、私の体調でも、なんとかコツコツやっていけるかもしれない…)
そう思って、退職後の本格スタートに向けて、クラウドワークスとランサーズの2社に、フリーランス用アカウントを登録しました。
退職を選んだ経緯については、私が復職せず退職を選んだ本当の理由|3年休職した元教員の本音にも書いていますので、よろしければ参考にしてください。
クラウドソーシング初心者が最初にぶつかった、3つの壁
私の場合は、クラウドソーシングサイトに登録した瞬間、(これで、ようやくスタート地点に立てたな…)と、少し誇らしい気持ちになっていました。
しかしながら、現実は、想像以上に厳しいものでした。
壁①:何を書けばいいのか分からない「提案文」
最初の壁は、「提案文」でした。
案件に応募する際には、自分がなぜその案件にふさわしいのかを、文章で伝える必要があります。
教員時代、保護者への通知文や、学級だよりは何度も書いていました。
しかしながら、「自分を売り込む文章」は、人生で一度も書いたことがありませんでした。
(自分には、何の実績もない。経歴は、教員とうつ病療養だけ。これで、何を書けばいいんだろう…)
提案文の入力欄を前に、何時間もカーソルが止まったままになる日が、しょっちゅうありました。
壁②:単価の低さに、何度もため息
2つめの壁は、「単価の低さ」でした。
クラウドソーシングサイトの初心者向け案件は、1文字0.1円〜0.5円の案件が、想像以上に多かったです。
たとえば、3,000文字の記事を書いて、報酬が300円〜1,500円程度。
当時の私には、3,000文字の完成した記事を書くには、半日以上の時間がかかりました。
(これは、最低時給をはるかに下回るな…)
Webライターの世界では、「初心者は実績・経験を積むために、低単価から始めるのが常」とのことでしたが、教員時代との報酬の差に、対応が難しい毎日でした。
(まずは、とにかく低単価でも、1つずつ小さな案件を積み上げていくことに集中しよう…)
色々な葛藤はありましたが、そう自分に言い聞かせ、淡々と提案を送り続けました。
壁③:不採用が続く日々
そして、3つめの壁は、「不採用続き」でした。
提案を送っても、送っても、返事が来ない。
ようやく返事が来たと思ったら、「今回はご縁がありませんでした」という、定型文の不採用通知。
(自分の文章は、世の中から必要とされていないんじゃないか…)
(教員を辞めたのは、本当に正解だったのかな…)
うつ病の症状で、もともと自己肯定感が下がりやすくなっている中で、毎日のように不採用通知が届くのは、想像以上に堪える経験でした。
このあたりの心の支えになったのは、リベ大の両学長の「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くたった1つの道」という言葉です。
(今は、種をまく時期。芽が出るかどうかは、神様が決めること…)
そう自分に言い聞かせ、毎日コツコツと、提案を送り続けました。
初案件が決まった日、私が学んだ「3つのこと」
何度も心が折れそうになりながら、幾度の提案を続けた結果、ようやく1件、採用通知が届きました。
(え、本当に?! こんな自分を選んでくれた人がいるのか…)
信じられず、スマホの画面を何度も確認したあの日のことは、今でも忘れません。
採用された案件は、決して高単価ではなく、超低単価のTHE・初心者向け案件でした。
しかしながら、「ゼロが、1になった」という事実は、私にとって、想像以上に大きな意味を持ちました。
ここから得た学びを、3つ書いておきたいと思います。
①「実績ゼロ」でも、ブログがポートフォリオになる
私の場合、3年間の休職中に少しずつ書き溜めていた、このブログの記事が、何よりのポートフォリオになりました。
文字数や記事数が、自然と「文章を書ける証拠」になっていた、ということです。
これからWebライターを目指す方は、まずはブログを開設し、自分の体験を書き溜めていくことをおすすめします。
ブログを始めた経緯については、うつ病で教員退職後にフリーランスへ転身|収入ゼロから立て直した3つの方法にもまとめていますので、ぜひご覧ください。
②低単価でも、「実績」という資産になる
最初の案件は、超低単価でした。
しかしながら、「クライアントから採用され、納品し、評価をもらった」という事実は、次の案件への大きな実績になります。
(時給換算でみたら、全く割に合わない。でも、これは未来への投資なんだ…)
そう考え方を変えてからは、低単価案件にも、前向きに取り組めるようになりました。
③「コツコツ提案」が、唯一の道だった
私には、残念ながら、画期的な裏ワザはありませんでした。
毎日、新しい案件をチェックし、自分にできそうなものに、丁寧に提案文を書き、淡々と送り続ける。
ただ、それを続けるだけでした。
(小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くたった1つの道…)
この言葉を、毎朝、自分に言い聞かせながら進んできた結果として、初案件を獲得することができました。
まとめ
うつ病で退職した元教員の私が、Webライターとして初案件を獲得するまでに直面した壁は、決して小さなものではありませんでした。
– 提案文の書き方が分からず、何時間もカーソルが止まる日々
– 1文字0.1円〜0.5円という、想像以上に低い単価
– 何度送っても返事が来ない、不採用続きの毎日
しかしながら、ブログをポートフォリオとして整え、低単価でも実績を積み、コツコツと提案を続けたことで、なんとか初案件を獲得することができました。
うつ病は、決して終わりではありません。
私がそうであったように、新しい人生の始まりです。
体調を崩さない前提で、自分のペースで、コツコツと、一歩一歩、やっていきましょう。
それでは、今回も最後まで記事を読んでくださり、ありがとうございました!
クロヒョウ先生@Webライターでした!
