うつ病で教員を辞めた私がWebライターで    Fireを目指す実践ブログ|書籍化進行中!

うつ病退職した私が民間保険を3つに絞った理由|学資・個人年金・医療保険を手放した話

うつ病退職した私が民間保険を3つに絞った理由|学資・個人年金・医療保険を手放した話

こんにちは!

クロヒョウ先生@Webライターです。

3年間の休職を経て教員を退職した私が、家計を組み直す中で、いちばん大きく手を入れた項目が、「保険」でした。

学資保険、個人年金保険、医療保険、子どもの保険…と、教員時代に何となく契約していた多くの保険を、退職前後に解約し、最終的に手元に残したのは3つだけ。

(本当にこれだけで大丈夫なのかな…)

解約の書類にハンコを押すたびに、何度もそう思ったのを、今でもよく覚えています。

今回は、うつ病で退職した元教員の私が、なぜ民間保険を3つに絞ったのか。学資保険・個人年金保険・医療保険を手放したときの判断軸を、率直に書いていきます。

教員時代の私は、保険にいくつも入っていた

私の場合、教員として勤務していた頃は、家計簿すらつけていない状態でした。

職員室を出るのは、いつも夜遅く。給与は妻と合わせて、なんとなく口座にあって、なんとなく出ていく。そのような状態だったのが、正直なところです。

保険についても、ほぼ同じでした。

死亡保険を複数、医療保険を複数、地震火災保険、自動車任意保険、学資保険、個人年金保険、子どもの保険…と、勧められるがままに、思考停止の状態で契約していました。

(保険に入っておけば、何かあっても安心だろう…)

それが、当時の私の頭の中の、ほぼ全てでした。

毎月いくら保険料を払っているのか、それぞれの保険でどんな保障が受けられるのか、ほとんど把握していませんでした。

今振り返ると、本当に怖い状態だったと思います。

休職中のお金の勉強で、保険の見方が180度変わった

転機になったのは、休職中に始めたお金の勉強でした。

3か月の入院を経て退院し、自宅での療養に切り替わってしばらく経った頃、

(お金についての知識が、自分には何もないな…)

と本屋に足を運び、なんとなく手に取った1冊が、リベ大の両学長が書いた「お金の大学」でした。

そこで初めて知ったのが、「保険は、確率は低いけれど損失がとてつもなく大きいものに、掛け捨てで備えるもの」という考え方です。

日本には、公的な社会保険が充実しています。

病気とケガのリスクには健康保険、障害リスクには障害年金、死亡リスクには遺族年金、失業リスクには失業手当、老後リスクには老齢年金、介護リスクには介護保険、出産費用には出産育児一時金や出産手当金。

(こんなに公的保険でカバーされているのか…)

それを初めて知ったときの衝撃は、今でもよく覚えています。

公的保険でほぼカバーされているのに、その上にさらに何重もの民間保険を重ねていた。これは、家計にとっては相当な負担でした。

「貯蓄は貯蓄、保険は保険、投資は投資、混ぜるな危険」

この合言葉に出会ってから、私の中で保険の見方が、180度変わりました。

最終的に手元に残したのは、3つの保険だけ

お金の勉強を進める中で、私が最終的に手元に残したのは、以下の3つだけです。

– 掛け捨て死亡保険
– 地震火災保険
– 自動車任意保険

毎月の保険料の合計は、月15,000円程度。

教員時代と比べると、想像以上に身軽になりました。

掛け捨て死亡保険

自活できない子どもがいる家庭の場合、世帯主に万が一のことがあったときの備えは必要です。

ただし、ここでも公的な遺族年金が支給されること、住宅ローン契約者であれば団体信用生命保険でローンの支払いがなくなることを踏まえて、保険金額を決めました。

(全部を民間保険でカバーしようとすると、保険料がとんでもないことになるな…)

そう考えて、公的保障で足りない分だけを、掛け捨ての死亡保険で補う形にしました。

地震火災保険

家に住んでいる以上、地震や火災のリスクは、万が一の損失がとてつもなく大きいものです。

ここは、迷わず継続しました。

自動車任意保険

軽自動車の中古車を一括で購入したあと、自動車任意保険は対人対物(無制限)を中心に契約しています。

対人対物事故は、損失が青天井になり得るリスク。ここも、迷わず必要と判断しました。

学資保険・個人年金保険・医療保険を手放した理由

ここからが、本記事で一番伝えたいところです。

私が、手元の保険を3つに絞る過程で、解約した代表が、学資保険・個人年金保険・医療保険の3つでした。

学資保険

学資保険は、教員時代、子どもが生まれたタイミングで、ほとんど考えずに契約していました。

(子どもの将来のために、入っておくのが当たり前だろう…)

そのような感覚です。

しかしながら、お金の勉強を進める中で、学資保険の中身がだんだん見えてきました。

毎月決まった金額を払い込み、満期に少しだけ増えて戻ってくる。資金にロックがかかり、満期前に解約すると元本割れする可能性がある。

(これは、ほぼ貯蓄と同じだな…むしろ、自由に引き出せない分、貯蓄より使い勝手は悪いかもしれない…)

そう気づいてから、解約の手続きに入りました。

解約した分のお金は、児童手当と合わせて、子どもの未成年口座でのインデックス投資に回しています。

3歳未満は月15,000円、3歳以上〜高校終了までは月10,000円が支給される児童手当は、15年合計で1人234万円。これだけでも、学資保険の満期金と同等か、それ以上の金額になります。

個人年金保険

個人年金保険についても、同じような判断で解約しました。

(老後のために、自分でも年金を準備しておかないと…)

そう考えて、長年積み立てていました。

しかしながら、お金の勉強をする中で、公的な老齢年金が、民間保険では絶対に真似できない、超高コスパな制度設計になっていることを知りました。

(自分で別の年金を作るより、まずは公的年金を理解して、足りない分だけ自分で準備すればいいんだな…)

そう考え方が変わってから、個人年金保険は解約しました。

ここで浮いた毎月の保険料は、夫婦のNISAつみたて投資枠で、eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)の積立に回しています。

医療保険

医療保険は、3つの中で、いちばん解約に勇気が要りました。

(病気になったら、医療保険がないとさすがにまずいんじゃないか…)

それが、当時の正直な気持ちです。

しかしながら、健康保険の3割負担と、高額療養費制度を改めて調べたとき、医療費の自己負担額には、毎月の上限が設けられていることに気づきました。

加えて、生活防衛資金として、フリーランスの生活費1年分を現金で確保することを目標に動いていたため、万が一のときには、そこから支払う前提で動けると判断しました。

(公的保険+生活防衛資金で、ほとんどのケースはカバーできるな…)

そう判断して、医療保険も解約に踏み切りました。

ただし、先進医療特約だけは、念のため継続しています。先進医療は、保険適用外の効果未検証の未知の治療法ではありますが、万が一使いたいとなったとき、数千万円規模の費用がかかる可能性があるため、ここは「確率は低いけれど損失がとてつもなく大きいもの」に該当すると判断したからです。

解約してよかったのか、後悔はないか

解約の判断をした当時、心の奥には、

(これだけ手放して、本当に大丈夫かな…後悔しないかな…)

という不安が、確かにありました。

うつ病の療養中で、判断力が万全とは言えない時期に、長年契約してきた保険を一気に整理するのは、想像以上に勇気の要る作業でした。

しかしながら、解約してから数年経った今、率直に思うのは、

(あのとき、思い切って整理して、本当によかった…)

ということです。

理由は、シンプルです。

家計の固定費が大きく下がり、毎月のキャッシュフローに余裕が生まれたこと。

その余裕分を、新NISAのつみたて投資枠と、子どもの未成年口座でのインデックス投資に回せるようになったこと。

公的保険でカバーされる範囲を、自分の頭で説明できるようになり、漠然とした不安が大幅に減ったこと。

精神科医の解説でもよく言われますが、療養期の家計管理では、漠然とした不安をできるだけ数字で整理し直すことが、心の安定にとても効きます。私の経験でも、本当にその通りだと感じました。

まとめ

うつ病で退職した元教員の私が、民間保険を3つに絞った理由。

私の場合は、

– 教員時代は、勧められるままに学資保険・個人年金保険・医療保険など、多くの保険を契約していた
– 休職中のお金の勉強で、日本の公的社会保険の手厚さを初めて知った
– 「貯蓄は貯蓄、保険は保険、投資は投資、混ぜるな危険」の考え方に出会い、保険の見方が変わった
– 最終的に残したのは、掛け捨て死亡保険・地震火災保険・自動車任意保険の3つだけ
– 学資保険・個人年金保険・医療保険を手放した分は、貯蓄と投資に振り分けた

という流れになりました。

保険の見直しは、ご家庭の状況によって、最適な答えが変わってくる部分です。

それでも、「公的保険で何がカバーされているのか」をまず把握すること。これだけは、どなたにとっても、家計を組み直す上での大きな出発点になると感じています。

うつ病は、決して終わりではありません。

私がそうであったように、新しい人生の始まりです。

数字の不安は、数字で解決していけます。

コツコツと、一歩一歩、やっていきましょう。

それでは、今回も最後まで記事を読んでくださり、ありがとうございました!

クロヒョウ先生@Webライターでした!