こんにちは!
クロヒョウ先生@Webライターです。
退職して数ヶ月が経ったある日、自宅のポストに届いていた1枚の納付書。そこに書かれた国民年金の金額を見て、思わず二度見しました。
(え、こんなに支払うの…?!)
教員として在職した15年程度、給与明細の下の方にひっそりと並んでいた「健康保険料」「厚生年金保険料」の金額を、じっくり見たことはありませんでした。
(税金と一緒に、なんとなく引かれているな…)
その程度の認識しかせずに、教員生活を送ってきました。
しかし、退職して、共済組合の社会保険から外れ、自分で国民健康保険と国民年金の保険料を支払う立場になったとき、社会保険料というものが、家計にとって、想像以上の重さを持つ固定費だったことに、初めて気づきました。
今回は、うつ病で退職した元教員の私が、社会保険料の重さに初めて気づいた話について、率直に書いていきます。
給与天引きの間は、社会保険料の重さに気づけなかった
私の場合、教員として勤務していた約15年間、社会保険料は、給与から自動的に天引きされていました。
毎月の給与明細を見ても、目が行くのは「支給額」と「手取り額」の2つだけ。その間に並んでいる、健康保険料や厚生年金保険料、介護保険料などの控除項目は、ほぼ意識の外にありました。
(引かれるものは、引かれるものだからしょうがないよな…)
そのような認識のまま、15年間、給与明細を眺め続けていた、というのが実態でした。
社会保険は、私たちの生活を支えてくれる、とても手厚い制度です。病気やケガのときには健康保険、老後には老齢年金、障害を負ったときには障害年金、失業したときには失業手当…と、人生のさまざまな場面で、確実にサポートしてくれる仕組みが整えられています。
しかしながら、給与天引きで支払っている間は、その恩恵の大きさも、負担の重さも、体感として掴みにくく、いくら払っているかを問いかけたことすら、教員時代の私にはありませんでした。
退職後、初めて自分の手で保険料を支払う立場になった
3年間の休職を経て教員を退職した私は、共済組合の社会保険から外れ、国民健康保険と国民年金に切り替わることになりました。
在職中に自動で引かれていたものが、退職後は、自分で納付書を受け取り、自分の手で支払う。この切り替わりが、想像以上に大きな出来事でした。
自宅のポストに届いた国民年金の納付書。そこに書かれていた金額を見たとき、頭がしびれる感覚がありました。
(傷病手当金で細々と生活していた身に、この金額が来るのか…)
国民年金は、所得に関わらず、一定額を毎月支払う仕組みです。
さらに、国民健康保険の保険料も、別途、支払う必要があります。
国民健康保険料は、前年の所得をもとに計算される仕組みです。休職中の傷病手当金は非課税なので、退職翌年以降は保険料も下がっていくのですが、それでも、手取り収入が激減している中で、まとまった金額の請求が届く感覚は、想像以上に堪えるものでした。
住民税の重さについては、退職翌年に別の形で青ざめる経験があり、教員退職後に住民税で青ざめた話|翌年の高額請求と乗り切り方を実体験で解説にも書いていますので、あわせて読んでいただけたら幸いです。
傷病手当金の期間から、社会保険料は「自分で払う」ものになっていた
正確に振り返ると、社会保険料を「自分で払う」感覚は、退職の時点から始まっていたわけではありませんでした。
休職開始から1年が経過し、給与の8割支給が終わり、傷病手当金の支給に切り替わったタイミングで、すでに、社会保険料は、自分で支払う固定費になっていました。
傷病手当金は非課税の手当のため、所得税は0円になります。しかし、住民税と社会保険料については、満額の給与を基準に算出された金額を、自分で支払い続けなければならない仕組みになっていました。
(手当は給与の約3分の2に減っているのに、社会保険料は給与の満額に対応した金額を支払い続けるのか…)
この事実を初めて知ったとき、思わずうなだれました。
社会保険は、コスパの面で言えば、民間の保険では到底かなわない、とても質の高い制度です。健康保険で医療費が3割負担で済むこと。障害を負ったときに障害年金という選択肢があること。老後に老齢年金が受給できること。これらは、社会保険料を払い続けているからこそ受けられる恩恵です。
負担は決して軽くない。しかし、恩恵はそれ以上に大きい。
社会保険料の重さに気づいて初めて、この両面がようやく、自分の中で腑に落ちた感覚がありました。
休職中のお金の全体像については、教員がうつ病で休職したとき、給料の次に何が入ってくるのか?にも書いていますので、参考にしてください。
「見える化」してみたら、家計の輪郭がはっきりした
退職後、国民健康保険と国民年金の保険料が家計から出ていく現実を前にして、私は家計簿に「社会保険料」という項目を、はっきりと立てるようになりました。
在職中は、給与天引きだったため、家計簿の支出項目に社会保険料は登場しませんでした。手取り額だけを見て、そこから生活費を割り振る。その運用方法だと、社会保険料は「そもそも存在しない支出」として扱われます。
ただ、退職後は違います。国民健康保険料、国民年金保険料が、家計簿の支出欄に、はっきりと数字として並びます。
(社会保険料って、家計簿に書き出してみると、こんなに大きな固定費だったのか…)
これは、家計を自分の手で「見える化」して初めて、はっきりと分かった事実でした。
家計簿をつけ始めたのは、休職に入ってからのことでした。教員時代は、毎日各種業務に追われ、家計管理どころではなく、給与はなんとなく口座にあって、なんとなく出ていく。そのような状態でした。
しかし、休職中にお金の勉強を始めたことをきっかけに、家計と本気で向き合うようになりました。固定費を1つ1つ数字にして眺めていくと、社会保険料は、住居費や食費と並ぶ、大きな項目でした。
(これだけの金額を、毎月支払い続けているのか…)
家計簿を見ながら、そう実感するようになりました。
「支払うこと」への見方が、少しずつ変わっていった
社会保険料の重さに気づいてから、私の中で、少しずつ変わっていったことがあります。
それは、「支払うこと」への見方でした。
給与天引きの間は、社会保険料は「引かれるもの」でした。自分の意思とは関係なく、機械的に引かれていく金額。数字を見ても、感情が動くことはほとんどありませんでした。
しかし、退職後、自分の手で納付書を眺め、自分の口座から支払う立場になってから、感覚が変わりました。
(この金額を支払っているからこそ、健康保険で医療費が3割負担になり、老後に年金が受給できるんだな…)
支払うことの重さと、恩恵の大きさが、自分の中でようやく1つの体感になりました。
日本の社会保険制度は、質の面で言えば、世界の中でも大変恵まれています。健康保険1つとっても、3割負担で高度な医療が受けられる国は、そう多くありません。年金制度も、公的な保証としては、民間の保険とは比べものにならないリターンがあります。
(この制度を、これからも自分の力で支えていくのだな…)
そう思えるようになってから、社会保険料の納付書を開くときの気持ちが、変わってきました。
もちろん、家計にとっての重さそのものは、変わりません。手取り収入が激減している中で、まとまった金額の請求が届くのは、依然として、心を削られる出来事です。しかし、その重みの正体を、自分の中で理解できるようになったことは、退職後の家計と向き合う上で、大きな支えとなりました。
まとめ
うつ病で退職した元教員の私が、社会保険料の重さに初めて気づいた話について書きました。
私の場合は、
– 教員時代は、給与天引きで社会保険料を意識したことがなかった
– 傷病手当金の期間から、社会保険料は自分で支払う対象になっていた
– 退職後、国民健康保険と国民年金の納付書を自分の手で受け取り、家計の中で大きな固定費として、はっきり立ち上がってきた
– 家計簿で「見える化」することで、社会保険料の重さと、恩恵の大きさが、初めて1つの体感になった
社会保険料は、決して軽い負担ではありません。しかし、その負担の裏には、私たちの生活を支えてくれる、大きな恩恵が確実にあります。
うつ病は、決して終わりではありません。私がそうであったように、新しい人生の始まりです。
数字の不安は、数字で解決していけます。コツコツと、一歩一歩、やっていきましょう。
それでは、今回も最後まで記事を読んでくださり、ありがとうございました!
クロヒョウ先生@Webライターでした!
