こんにちは!
クロヒョウ先生@Webライターです。
今回は、「うつ病で休職した教員のボーナスは出るのか?」というテーマについて、3年間休職して退職した私自身の体験をもとに解説します。
教員(地方公務員)にとって、夏と冬、年2回のボーナス(期末勤勉手当)は、家計の大きな柱です。
しかしながら、休職に入った瞬間、(このボーナスは、そもそも出るのだろうか…)と、心配になる方も多いと思います。
私自身、休職に入る前の心配ごとの中で、このボーナスの行方は、かなり大きな比重を占めていました。
率直なところ、月々の給料がどれだけ減るかと同じくらい、「ボーナスは出るのか?」が気になっていた、というのが、正直な気持ちです。
教員(地方公務員)のボーナスは、休職中どうなる?
私の場合は、教員15年目にうつ病を罹患し、最初の6ヶ月は有給の病気休暇、その後3年間の休職を経て、退職しています。
公務員のボーナスは、「期末手当」と「勤勉手当」の2つから成り立っており、いずれも、ボーナス支給日に在籍しているかどうか、加えて、対象期間にどれだけ勤務したか、勤務成績はどうだったか、によって支給額が決まる仕組みです。そして、そのときの給与額によって総計が決まります。
つまり、休職してしまうと、休職による給与減額と勤務実際がないことの影響により、自動的に減額されていく構造になっています。
正直なところ、休職に入る前は、(ボーナスは、いきなりゼロになるのかな…)と漠然と考えていました。
しかしながら、実際には、いきなりゼロになるわけではなく、段階的に減額されていく、というのが、私の体験からの実感です。
休職してすぐの段階では、ある程度の支給が見込めるため、ここは、想像していたよりも、救いのある仕組みでした。
期末手当と勤勉手当の違い
期末手当は、在籍していること自体に対して支払われる部分です。
一方、勤勉手当は、勤務成績に応じて支払われる部分で、休職中の期間は、基本的に勤務実績としてカウントされません。
つまり、休職に入った段階で、勤勉手当はほぼ受け取れなくなる、というのが現実です。
病気休暇(最初の6ヶ月)のボーナスはどうだったか
私の場合は、うつ病の診断を受けた直後、まずは有給の病気休暇に入りました。
病気休暇の期間中は、給与は満額支給されており、手取りで約32万円を受け取っていました。
このタイミングで支給されたボーナスは、本当にありがたいものでした。
病気休暇に入るタイミングが、ちょうど夏のボーナスの直前だったため、対象期間のほとんどを通常勤務していたことになり、夏のボーナスは、ほぼ満額に近い形で支給されました。
通帳を見たとき、(あぁ、これがあれば、しばらく家族に金銭的な不安を与えずに済む…)と、心からホッとしたことを、今でも覚えています。
うつ病で頭が回らず、何も考えられないような状況の中で、ボーナスがちゃんと入っているという事実だけで、少し息ができたような、そんな感覚でした。
休職1年目(給与8割支給期間)のボーナス
病気休暇の6ヶ月が終わると、そこから正式な「休職」に切り替わりました。
私の場合は、ここから給与が8割支給になり、手取りは月25万円ほどになっていました。
給与全体の動きについては、教員がうつ病で休職したら給料はいくら減る?3年休職した私の手取りは32万→25万→20万円でしたに書いています。
休職1年目の冬のボーナスについて、率直な気持ちは、(思っていたよりは、出たな…)というものでした。
対象期間中、私はほぼ全期間、休職している状況だったため、勤勉手当はほとんど期待できません。
しかしながら、期末手当の方は、在職期間に応じた割合で支給される仕組みのため、ゼロにはなりませんでした。
それでも、通常勤務していた頃と比べると、明らかに減額された金額が、通帳に振り込まれていた、というのが実態です。
(普通に勤務していたら、もっとあったんだろうな…)
そんな気持ちと、
(それでも、これだけ出るだけで、本当に有難い…)
という気持ちが、複雑に入り混じる、なんとも言えない感覚でした。
休職2年目・3年目(給与0円・傷病手当金期間)のボーナス
私の場合は、休職して1年が経過すると、給与は0円になり、健康保険組合からの傷病手当金に切り替わりました。
傷病手当金を月20万円ほどを受給していた時期です。
この時期、ボーナスは、ほぼゼロでした。理由は給与に応じてボーナスが決定されるため、給与0円になった時点で基本的な支給がなくなったからです。
夏のボーナスシーズンに通帳を見たとき、
(あぁ、ボーナスというものは、もう自分には縁のない言葉なのだな…)
と、しみじみと感じたことを、今でも覚えています。
しかしながら、ここで強く伝えたいのは、傷病手当金は非課税のため、所得税はかからない、ということです。※住民税は、前年度に給与がある場合は、給与に応じて決定した金額を自分で支払う形になります。
休職中の制度全体については、教員がうつ病で休職できる期間はどのくらい?3年休職した元教員が給与変化も解説にもまとめています。
傷病手当金との合算で、家計はどう動いたか
私の場合は、ボーナスがほぼなくなっていく中で、家計を支えてくれたのは、以下の制度の組み合わせでした。
– 病気休暇6ヶ月:手取り32万円
– 休職1年目:手取り25万円(給与8割)
– 休職2〜3年目:手取り20万円(傷病手当金)
– 互助組合からの傷病見舞金:月2万円×3年間=合計72万円
– 自立支援医療制度による医療費の自己負担減額(3割→1割)
これらを総額にすると、3年半の療養期間で、かなりの公的支援を受けることができました。
この事実があったからこそ、ボーナスがほぼ消えても、なんとか家族4人の生活を維持することができた、というのが、率直な実感です。
ボーナスが減ることばかりに目を奪われると、辛くなります。
しかしながら、そのような状況でも、使える制度を1つずつ丁寧に確認していけば、家計全体の地図が見えてきます。
ここは、本当に大切な部分だと、実感しています。
まとめ:ボーナスは減るが、生活は守れる
教員(地方公務員)として、うつ病で休職に入ると、ボーナスは段階的に減っていきます。
しかしながら、いきなりすべてが消えるわけではなく、最初の数回は、ある程度の支給が見込めることが、私の体験からも言える事実です。
そして、ボーナスがほぼゼロになっても、傷病手当金、互助組合の見舞金、自立支援医療制度など、複数の制度を組み合わせれば、生活を立て直していくことは、十分可能です。
うつ病になった瞬間、(家族が路頭に迷うな…)と、頭が真っ白になる方も多いと思います。
しかし、大丈夫です。
コツコツと、使える制度を1つずつ確認しながら進んでいけば、必ず光は見えてきます。
うつ病は、決して終わりではありません。
私がそうであったように、新しい人生の始まりです。
それでは、今回も最後まで記事を読んでくださり、ありがとうございました!
クロヒョウ先生@Webライターでした!

