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こんにちは!
クロヒョウ先生@Webライターです。
3年間の休職期間のうち、最後の1年。私が毎日少しずつ進めていたのは、フリーランスのWebライターになるための「ロードマップ」を作る作業でした。
退職してから、次の仕事を考え始めたわけではありません。
まだ教員という身分を持ったまま、手当を受け取りながら、次の働き方の工程表を、1行ずつ書き足していました。
(辞めてから考えたのでは、間に合わない…)
というのが、当時の実感でした。
今回は、うつ病で退職した元教員の私が、休職中のどの段階で、何を考え、ロードマップに何を書き込んでいったのかを書いていきます。
ロードマップを書き始めたのは、休職の後期になってからだった
私の場合、3年間の休職期間を、前期・中期・後期の3つに分けて振り返っています。単純に3等分しているので、それぞれ約1年ずつです。
前期は、ほぼ寝たきりでした。夕方くらいまで身体が動かず、療養というより、睡眠と食事だけで1日が終わっていました。
中期になって、昼前くらいから動けるようになり、家事と育児を少しずつ増やし、運動療法としてのランニングを日課に入れました。あわせて、1日15分程度のお金の勉強を始めました。
そして、後期。朝の不調以外は、ほぼ普通に活動できるようになっていました。
このタイミングで、初めて「仕事」のことを考え始めました。
(何もしないまま休職期間が終わったら、その日からいきなり放り出される…)
3年という期間は、始まったときには果てしなく長く感じましたが、後期に入ってみると、残りはあっという間でした。
休職期間の全体像や、期間中に受け取れるお金の仕組みについては、教員はうつ病になったら休職できる?仕組みや手続きの方法は?に詳しく書いていますので、あわせてご覧ください。
働き方の選択肢を、1つずつ天秤にかけた
ロードマップを作るとき、私が最初にやったのは、「どんな働き方があるのか」を全部並べることでした。
並べたのは、4つです。
– 一般就労のクローズ(病気を伝えずに働く)
– 一般就労のオープン(病気を伝えて働く)
– 障害者雇用枠
– フリーランス(個人事業主)
うつ病を罹患してから、対人面での自信を完全に失っていたため、組織に所属して働く選択肢は、どれもかなり重く感じました。
その中で最終的に選んだのが、フリーランスのWebライターでした。
在宅で完結でき、自分のペースで時間を組み立てられ、体調を崩さない前提で働ける。私の状態で続けられそうな形が、これしかなかった、というのが正直なところです。
選択肢を天秤にかけたときの詳しい心境は、うつ病退職した元教員が、フリーランスになる前に準備したことにも書いていますので、よろしければご参考ください。
大切だったのは、「決めた」ことよりも、「決めたことを工程表に落とした」ことだったと感じています。
ロードマップに書き込んだ、4つの項目
私の場合、ロードマップに書き込んだのは、大きく4つの項目でした。
1つめ|仕事をするための環境を、退職前に作る
まず書き込んだのが、環境構築です。
クラウドソーシングでの仕事は、クライアントとのやりとりから納品まで、すべてオンラインで完結します。教員時代は、職員室のパソコンと紙で仕事をしていたので、この時点で何も持っていない状態でした。
そこで、ファイルの受け渡しに使うDropbox、連絡に使うChatwork、打ち合わせに使うZOOM…、などの無料で使えるWebサービスを順番に導入しました。加えて、これまで家族全員で使っていたノートPCを、完全に自分の作業用に設定し直し、自室に配置しました。また、収支をつけるための帳簿ファイルも作りました。
(案件が来てから慌てて整えるのでは、遅いな…)
そう思って、まだ1件の案件も持っていない段階で、先に器だけを揃えていきました。
うつ病で頭が動かない日もあるので、1日にできるのは、多くて1項目です。それでも、確実に準備は進んでいきました。
2つめ|オンラインコミュニティに入る
2つめが、リベ大が運営するオンラインコミュニティ「リベシティ」への入会です。
個人で働くということは、聞ける相手がいない、ということでもあります。職員室であれば、隣の席の先生に「これ、どうしてますか」と聞けたことが、フリーランスでは全部自分で調べることになります。
会費は、下限が月2,200円で、初月は無料でした。仕事の請け負い方から、確定申告の疑問まで、市民の方に何度も助けてもらいました。
3つめ|このブログで、執筆のトレーニングを積む
3つめが、このブログです。
ロードマップの中で、いちばん時間を割いたのが、ここでした。
Webライターとして案件に応募するときには、「自分が文章を書ける」ことを示すものが必要になります。実績がゼロの状態でそれを用意する方法は、自分で書き溜めるしかありませんでした。
休職中に、自分が利用したうつ病関連の制度や、お金の知識について、1記事ずつ書いていきました。1記事を作るのに、かなりの時間がかかりましたが、それがそのまま執筆トレーニングとなり、退職後の応募時の材料にもなりました。
4つめ|書籍で勉強し、自分用のマニュアルを作る
4つめが、Webライター用の書籍での勉強と、自作の執筆マニュアル・テンプレートの作成です。
本を読んで終わりにせず、学んだ書き方の手順を、自分の言葉でマニュアルとしてまとめ直しました。
うつ病の症状で、その日によって頭の働き方に差が出ます。調子の悪い日でも、手順書さえあれば、それをなぞるだけで作業を進められる。そのための備えでした。
あわせて、退職後の事務手続きと、確定申告の方法についても、事前に調べてロードマップに書き込みました。
ロードマップは、日課の中に組み込んで進めた
工程表を作っただけでは、1行も進みません。
私の場合、休職後期の日課は、家事育児・ポイ活・お金の勉強・フリーランス関連業務・運動療法の5つを柱にしていました。ロードマップの項目は、この中の「フリーランス関連業務」の枠に入れて、毎日少しずつ進めていきました。
(今日は調子が悪いから、ここは飛ばそう)
(今日は少し書けそうだから、30分だけPCを開こう)
その日の体調と相談しながら、進める量を毎日変えて取り組みました。まとめて一気に進めようとした日は、決まって翌日に反動が来たので、途中からは、そもそも一気に進めることをやめました。
進み方は本当にゆっくりでしたが、休職期間が満了する頃には、ロードマップは一通り完成していました。
そして退職の日、手元には、次にやることが書かれた1枚の工程表が残りました。
(何も決まっていない状態で放り出されるのとは全然違うな…)
退職手続きそのものは、書類をいくつか提出するだけで、あっけなく終わりました。それでも不安に飲み込まれずに済んだのは、次の行き先が、自分の手で決まっていたからだと感じています。
まとめ
うつ病で退職した元教員の私が、休職中に作っていたロードマップについて書きました。
私の場合は、
– 休職の後期(約1年)になってから、仕事のことを考え始めた
– 一般就労のクローズ・オープン、障害者雇用、フリーランスの4つを並べて比べた
– 環境構築、コミュニティ入会、ブログでの執筆トレーニング、書籍での勉強とマニュアル作成の4項目を工程表にした
– 日課の中に組み込み、体調と相談しながら毎日少しずつ進めた
という流れになりました。
うつ病になった教員のその後の人生は、退職してから考え始めるものだと思われがちですが、私の場合は、身分と手当が守られている休職期間中こそが、いちばん動きやすい時間でした。
うつ病は、決して終わりではありません。
私がそうであったように、新しい人生の始まりです。
小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くたった1つの道。
コツコツと、一歩一歩、やっていきましょう。
それでは、今回も最後まで記事を読んでくださり、ありがとうございました!
クロヒョウ先生@Webライターでした!
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