うつ病で教員を辞めた私がWebライターで    Fireを目指す実践ブログ|書籍化進行中!

教員はなぜうつ病になりやすい?15年勤めた元教員が職場で限界を迎えた瞬間

教員はなぜうつ病になりやすい?15年勤めた元教員が職場で限界を迎えた瞬間

こんにちは!
クロヒョウ先生@Webライターです。

「先生、ちょっといいですか」

職員室で、保護者からの電話を受けながら、廊下から呼ばれ、別の生徒の生活指導案件を抱え、放課後には部活動指導が控えている──。

そんな日常の中で、ある日の夕方、職員室の自分の机で、ふと手が震えていることに気づきました。

(あれ、なんで手が震えてるんだ…)

その瞬間が、15年勤めた教員生活で、私が「限界を迎えた瞬間」でした。

今回は、教員はなぜうつ病になりやすいのか、15年現場で勤務した私自身の体験から、率直に書いていきたいと思います。

教員の仕事は「常にマルチタスク」が前提

私の場合は、中高の教員として約15年勤務しました。

教員時代、毎日の業務は、教科指導・教科外指導(担任業務)・学校運営(校務分掌)・部活動指導と、多岐に渡っていました。

教科指導だけに専念できれば、教員という職業は、このうえなくやりがいがある職業だと感じます。

しかしながら、実際は、教科指導に気持ちや時間の全てをかけることができない現状がありました。

授業の空き時間は、本来、教材研究の時間ということになっているのですが、担任業務や学校運営業務を抱えていると、教材研究に割く時間はなくなり、いきあたりばったりで授業を行うことになってしまうのが現実でした。

(また今日も、ちゃんと準備できないまま教室に入ることになるな…)

そう思いながら、チャイムが鳴ると、生徒の前で笑顔を作って授業を始める。

そんな日々の積み重ねが、少しずつ、心を蝕んでいきました。

保護者対応・対人対応で、神経をすり減らす日々

教員のストレス源として、私が最も大きなものとして感じていたのが、対人対応の量と質でした。

学校システムの大前提として、子どもの責任者は親で、教員は助言者、というのが本来の役割です。

しかしながら、今の世の中の風潮として、教員がすべての責任を背負っている雰囲気があるのが実情です。

そのため、

(それが教員の仕事なのか…?家でやることなんじゃないのか…?)

と首をかしげてしまうようなプライベートのような仕事もとても多いのが現状でした。

企業と違い、教員は、個人名が公表されたうえで、個人攻撃をされることがあります。

ある時の電話対応で、受話器の向こうから一方的に責められ続け、終わった後に、しばらく動けなくなったことを、今でもよく覚えています。

(自分は、何のためにこの仕事をしているんだろう…)

生徒、保護者、同僚、地域住民、業者…と関わる人間の数も多く、個人名を公表して全ての仕事を行うため、精神的な疲弊度はかなり大きなものでした。

HSP気質と教員の関係については、HSP気質の教員はうつ病になりやすい?15年勤めた私が「これは前兆だった」と気づいたことにも書いていますので、よろしければ参考にしてください。

部活動顧問という、休みのない現実

教員の世界で、勤務上最も気を付けなければいけないブラックな項目だと感じていたのが、部活動指導でした。

平日の授業終了後や休日、長期休暇中と、休むことなく展開される部活動の顧問を担当することになります。

自身の経験や希望などは考慮されず、専門外の部活動の顧問となることもありました。

1年間を1つのスパンとして考えたときに、休日という休日のほとんどが部活動の時間となります。

平日は、教科指導、担任業務、学校運営、部活動指導と休みなく働き続け、休日も、事務的な持ち帰り仕事をしながら、部活動指導に時間を拘束される。

私の場合、お盆と年末年始の数日くらいしか、まとまって休んだ記憶がありません。

(休んだら、他の人が辛くなる…)

教員の世界には、こういった独特な空気があります。

民間企業ならば、有休をとっても仕事に対しての代替要員がいますが、教員の世界は、1人で業務の責任を背負っている部分が大きく、個人の裁量で業務が遂行されている面も大きいため、中々代わりが効きません。

歯が痛くても、1年間歯医者に行けないような状況で、日々の仕事に取り組んでいる教員がいるのが現実で、実際、私もそうでした。

おそらく部活動指導がなければ、教員という仕事も、ここまでブラックなものにはならなかったと、退職した今、振り返って感じています。

「異常な状況」を「普通」と思い込む環境

そして、私が15年経って気づいたのは、教育界そのものの体質でした。

教員を退職し、フリーランスのWebライターとなって気づいたことがあります。

それは、教育界があまりに閉鎖的で、いまだに精神論がまかり通っている、ということです。

民間企業ならば、金銭的な効率や費用対効果などを第1に考えると思いますし、そうでなければ経営が成り立ちません。

しかしながら、教育界では、「頑張る」「休まない」「気持ちが大事」などの精神論的な価値観が連呼されながら、職場が動いています。

そして、それらの価値観が最重要であると主張され、何の疑問も持たず、多くの業務が遂行されていました。

(これって、本当に普通のことなのかな…)

教員時代、何度かそう思ったことはありましたが、忙殺される中で、自分を見失い、教育界だけの価値観に染まらざるをえず、客観性を持てなくなっていきました。

外の世界に出て、初めて、自分が15年間、いかに異常な環境を「普通」だと思い込んで働いていたかに気づきました。

限界を迎えた瞬間と、その後の選択

冒頭の、職員室で手が震えていた日。

それから少しして、不眠、不安、焦燥感、希死念慮などがどんどん強いものになり、最終的に家庭生活を送ることも難しくなり、医療保護入院という形で、入院することになりました。

そこから、3年間の休職生活が始まりました。

(自分の人生は終わった…)

入院した当初、本気でそう思っていました。

しかしながら、療養生活の中で、お金の勉強を始め、家計を見直し、フリーランスのWebライターとしての準備を進める中で、少しずつ、人生を再構築することができました。

休職中の収入面については、教員がうつ病で休職したら給与・傷病手当金はどれくらいもらえる?合計金額を教えます。に書いていますので、よろしければ参考にしてください。

まとめ

教員はなぜうつ病になりやすいのか。

私の場合は、

– 教科指導に集中できない、常時マルチタスクの勤務環境
– 個人名を公表したうえでの、保護者・対人対応の重圧
– 部活動顧問による、休日も含めた長時間労働
– 精神論で動く、閉鎖的な教育界の体質

これらが重なり、15年目に限界を迎えました。

うつ病は、決して終わりではありません。

私がそうであったように、新しい人生の始まりでもあります。

もし、今、教員として働いていて、心身の不調を感じている方がいたら、自分の心と身体の声を、何よりも優先してあげてほしいと思います。

小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くたった1つの道。

コツコツと、一歩一歩、やっていきましょう。

それでは、今回も最後まで記事を読んでくださり、ありがとうございました!
クロヒョウ先生@Webライターでした!